2025年10月から12月に観た映画など


10月

  • 『天使の分け前』ケン・ローチ △
  • 『Ruffn’ Tuff』石井 志津男 〇
  • 『ベルファスト』ケネス・ブラナー ☆
  • 『ジュリアン』ハーモニー・コリン ☆
  • 『ビューティフル・デイ』(『You were never really here』)リン・ラムジー △
  • 『グランド・ツアー』ミゲル・ゴメス △
  • 『ホルモンズ』ベルトラン・マンディゴ
  • 『ワン・バトル・アフター・アナザー』ポール・トーマス・アンダーソン 〇
  • 『女性たちの休日』パメラ・ホーガン △

11月

  • 『ドリー・ベルを覚えているかい?』エミール・クストリッツァ ☆
  • 『サタン・タンゴ』タル・ベーラ ☆
  • 『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』ウェス・アンダーソン
  • 『アニキ・ボボ』マノエル・ド・オリヴェイラ △
  • 『黒蜥蜴』深作 欣二 △
  • 『けものがいる』ベルトラン・ボネロ ×
  • 『ウェディング・ベルを鳴らせ!』エミール・クストリッツァ ☆
  • 『ジョン・バージャーと4つの季節』ティルダ・スウィントン、コリン・マッケイブ、バルテク・ヅィアドーシュ、クリストファー・ロス ☆
  • 『94歳のゲイ』吉川 元基
  • 『グッド・ワン』インディア・ドナルドソン ☆
  • 『猫を放つ』志萱 大輔 △
  • 『猫が行方不明』セドリック・クラピッシュ ☆

12月

  • 『Lilypop』青石 太郎
  • 『千と千尋の神隠し』宮崎 駿
  • 『手に魂を込め、歩いてみれば』セピデ・ファルシ ☆
  • 『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』ジェームズ・キャメロン ×
  • 『苦い果実』カマラ・カマロワ Zzz

最近観た映画の話になるが、アンドレア・アーノルドの『アメリカン・ハニー』を下高井戸シネマで観ている途中に音楽とは切なさであって、さらに映画もなんでもこの「切なさ」が感じられないものは僕はあまり関心を持てない。『COW』も観たんだけど、矛盾というのは決して二項対立ではない、寧ろその逆。動詞ではなく、状態であるようなその「人間として」生きていること自体が持つ矛盾性(例:他の肉を食うこと、金を稼ぐためには全員がクソみたいに不要なことにあえて価値を見出してやっていくこと⇔光・音・風などがめちゃくちゃに気持ちいいこと、など)があらわれない、というかそういうことを持っていない人の映画は虚しく響く。「かぽーん」とね。それもまた「虚しさ」という価値で賞賛されていく。

例えばたまたま観た『ホルモンズ』における狂気はななまがりのネタ「架空下ネタ『ギンモ』」と等しく、『ジュリアン』における怖さは切なさがあった。リン・ラムジーの映画は綺麗でスタイリッシュだからこその虚しさが強い。最近の黒沢清の虚しさに醒めるのと同じく。『女性たちの休日』という映画は綺麗さ・正しさ・重要さに近づく人々の「キレイさ・正しさ・重要さ」ならではの押しつけがましさ、距離感のバグ、いいものはいいからいいでしょう??、という厚かましさを感じてしまった。(ユニセフハウスで『手に魂を込め、歩いてみれば』の写真展を見にいったときにもボランティアのスタッフや来ているおばさん連中にそれを感じた。)矛盾を起点とする切なさを自分に湛えることが足りていないのではないか。

ではなんのために矛盾/切なさを湛えることが大事であるのか。それはそれがないと他者を非人間化することが簡単に行えるからである、というのが直感だけど、その間を埋める作業はまた今度やろう。このように書くことで無意識にその問題について自分で考えが進んでいくから。

『けものがいる』のベルトラン・ボネロという監督のことは全く知らなかった。観た後、けっこうやっぱ色々考えて、すごく面白かったようで、実はそれはすごく最悪な気もして、けっこう重要な作品だろうと思う。『エディントンへようこそ』も最近観たんだけど、これも同様に社会課題をフィクションで描くという点で通じているし印象はかなり近い。実際にある恐ろしいこと・状況や課題・新興的な現象に対して、敢えてアプローチして意外にそこから何も派生や創造は見られず問題を問題として描くことは、それは正しいことなのか?と思う。これは単に映画監督、創作、芸術作品であるという有利な立場からの不当な「イジり」ではないのか、と思う。そこには均衡がなく「こんな問題を問題としてみれている、客観的に描けているだろう」という驕り・イキリが感じられてしんどいのだ。真に問題を問題として扱うならば、それに対して何らかの新しい捉え方やお前が良いと思う方向性への解決策の芽生え程度でもいいから提示が必要だろうと思う。『けものがいる』ではインセルとされる代表的な男性の実際の言動が活用されているけど、それが問題として処理されて終わる。

『手に魂を込め、歩いてみれば』を観て、イスラエルがパレスチナ、ガザ地区に対して行っていることは明らかに100%悪であると、何に変えても、どんな言い訳や前提があろうと構わない、100%間違っていると思える。大きなことはできないが、ユニセフに募金をする。そして『とるに足りない細部』も読み、さらに人間が抱える矛盾を強め、想いを馳せる。

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