短い時間で、予告編をみることで映画をみたくなるだろうし何かしら発見もあるだろう(随時更新)
『ナウ・アンド・ゼン』
自分の住んでいる場所や国に関係する現状や過去の差別や問題を知らないことは、いつか自分が現実的に「差別をする、される」ことに直接的につながっていて、それは悲しいし恥ずかしいし知らない間に人を傷つけることになる。
『清掃する女 亡霊』
何年か前に早稲田の劇場でみたと思う。清掃する女、という作品は何度も何回も違った形で作られているから、何回もみてもいいだろう。東京ではみのがした。シネマリンでみれる。
『ナイトシフト』
プンクテという配給会社は気になる存在。ロンドンに行ったときに2回行ったノッティング・ヒルは一度目はカーニバル、二度目は普通の日で全く違った体験だった。大量の人がいないノッティング・ヒルはまったく面白くなくてすぐ移動した。プンクテさんの『ザ・ゴールドディガーズ』も観たい。
『沼影市民プール』
区民プールで定期的に泳ぐので気になる。良くも悪くも含めてのパブリック・プレイスの意味合い。
『きれっぱしの愛』
本編ではナレーションはありません。このナレーション予告いい。『ゴッドランド/GODLAND』がまじでよかったフリーヌル・パルマソンの新作。この一本でまたさらにこの監督の良さを確信したので全部みていきたいと思います。先ほどみてきた。人として大事なことがたくさんあり、パンダという犬がまじで可愛い。観れる人はまじで観た方が良い作品だと思います。映画のワンダー。曲がなんか聴いたことあるなあと思って調べたらh huntの『Playing Piano for Dad』の曲を監督がすごく気に入ってほとんど全部使ったみたい。このアルバム、ほんといいよね。フリーヌル・パルマソン、唯一無二の映画監督。
『A Window of Memories』
<聞き書き映画>とはどんなものだろうか。清原さんは「人と場所と記憶」について、これまでの映画においても通底するテーマで作品を作っている気がする。場所と人と記憶は人にも記憶があり、場所が記憶する、その場所に行くことで・人の話すことを聞くことでまた別の記憶が呼び起される、呼び起された記憶というものは「自分の脳に刻まれたものにアクセスする」ものではなく「これまでもっていなかったものを渡される」体験の方に近いのではないかという考えの方が逆に最近はしっくりくる。太田さん、坂藤さんなど知り合いも参加している。私もまたいつか映画作品づくりに参加したいと思う。
『星の時 4K』
腋毛、変なズームとか、ブシェミ的な男性、コピーされたペラペラのタロットなど、明らかに最高だろうな
『Return to My Blue』
命をつなぐこと+生きている意味をどこに見出せばいいのか
『私の血に流れる血』
JAIHOでみれていた気がするが見逃した。ベロッキオはあまりみたことない、おもしろそう。映画館でみたい。中世と現代?おもしろそう。
『メレディス・モンク 踊る声、歌う身体』
いまだに「自分がやるべきこと」みたいなものがあるのでは?と探してしまう
『Pale Blue Dot 君が微笑めば、』
天河神社は26歳くらいの時におすすめされて行ったことがある。このような世界観は危ういところがたっぷり潜んでいるが、やはり気になってしまうな。ちょくちょく上映があるみたい。
『ある日、ピナは尋ねた…』(「パフォーマンス・アート:身体と空間をめぐる映画」より)
ダンスの舞台をしばらくみていない、舞台芸術をしばらくみていないが観たい。ピナ・バウシュをシャンタル・アケルマンが撮る。他のものも全部おもしろそう。
『軍服を着た神様』
植民地支配側が神として崇められるグロテスクな現実をみないと。
『ワイズ・ブラッド』(「生誕120年 ジョン・ヒューストン特集」より)
一番楽しみ。アテネフランセでの中原昌也からの紹介から知って、原作を何回か読み好きな作品。映画が観れるのほんとに嬉しい!!!
『床一面こんな感じ』
単なる恋愛映画かもしれない。ただ女性たちが仲良く破天荒に楽しんでいく最高の映画かもしれない、わからない。『セリーヌとジュリーは舟でゆく』、『オルエットの方へ』のようだったら楽しい。
『ケルト・ユートピア』
「なにかが間違っていると気付いてたけど、ふたつの愚かな心は聞く耳を持たず」という歌詞が出てくるがこれを見た時に最近読んだエイモス・チュツオーラの『薬草まじない』になんかいも出てくる第一の心と第二の心の話だと思いカッコいいと思った、がここでいうふたつの愚かな心とはおそらく恋愛関係にある男女の心を指すのだろうか、あるいはイングランド島にあるふたつの国の対立か
『しらぬひ』
だいぶ重たそうな夏アニメ映画。誰がどんな状況でみるのか、というアニメはかなり良い存在である。あのが主演の声優。主題歌は青葉市子。